日本国内で多くの資産を保有する個人が、国外に転出する際に重要な税務事項の一つに「国外転出時課税制度」があります。
この制度は、一定の条件を満たす個人が国外へ転出する際に、未実現のキャピタルゲインに対して課税を行うものであり、税逃れを防止するために設けられています。
国外転出時課税制度の概要や背景、対象者、対象資産、手続き方法などについて詳しく解説します。
国際的な移住を考えている方や、国内外の税務に関心のある方はしっかり理解しましょう。

国外転出時課税制度とは

国外転出時課税制度(Exit Tax)とは、日本国内に居住している一定の個人が国外へ転出する際に、一定の資産について未実現のキャピタルゲインに対して課税される制度です。
この制度は、資産家が国外へ転出する際に国内での税負担を回避しようとするケースが増加したことから、2015年7月1日に導入されました。
株式や有価証券などの資産が対象となり、国外転出に伴う税負担の不公平感を是正する目的があります。

対象者

国外転出時課税の対象者は、以下の条件を満たす個人です。

・所有等している対象資産の価額の合計が1億円以上であること。
・国外転出をする日前10年以内において国内に5年を超えて住所又は居所を有していること。

Expatsの方は基本的には対象外

国内在住期間の判定に当たっては、出入国管理及び難民認定法別表第一の上欄の在留資格(外交、教授、芸術、経営・管理、法律・会計業務、医療、研究、教育、企業内転勤、短期滞在、留学など)で在留していた期間は、国内在住期間に含まないこととされています。
例えば、外国の方で、会社の都合で日本に駐在し、5年経過後に本国に帰国するといって国外転出時課税が課せられることはありません。

対象資産

国外転出時課税の対象となる資産は、以下のような金融資産です。

・有価証券(株式、投資信託、社債など)
・デリバティブ取引にかかる権利
・未決済の信用取引や先物取引にかかる権利

課税方法

対象者が国外転出する際、対象資産はその転出時に譲渡されたものとみなし、所得税を課税します。
簡単に計算の流れを説明すると、国外転出時に保有する対象資産の時価を評価し、譲渡所得を計算します。
ここで、時価とは、国外転出の日の市場価格または公正な評価額を指します。
譲渡所得は、資産の取得価格(購入時の価格)と国外転出時の時価の差額を言い、俗に言う含み益のことです。
つまり、含み益に対して、通常の譲渡所得と同じ方法で所得税を計算し、確定申告します。
国外転出するため、翌年の1月1日には日本に住所がないことから、含み益にかかる住民税が課税されることはありません。

課税猶予手続き

国外転出時課税には、一定の条件を満たす場合に課税の猶予を受けることができる制度もあります。
例えば、対象資産を譲渡せずに保有し続ける場合や、日本国内に戻って再び居住者となる場合などが該当します。
この納税猶予手続きは以下の通りです。

納税管理人の届出書の提出

国外転出の前に、納税管理人の届出書を所轄税務署に提出します。

確定申告書の提出

確定申告期限までに、株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書などを添付し、確定申告書を提出します。
ただ、確定申告書を提出するだけでは足りず、納税猶予するためには、納税猶予分の所得税額及び利子税額に相当する担保を提供しなければなりません。
担保として提供できる財産は下記のとおりです。

・株券不発行会社に係る非上場株式(※1)
・持分会社の社員の持分(※2)
・不動産
・国債・地方債
・税務署長が確実と認める有価証券
・税務署長が確実と認める保証人の保証

継続適用届出書の提出

納税猶予期間中は、毎年12月31日に所有している適用資産について、種類、名称、銘柄別の数量などを記載した「継続適用届出書」を作成します。
この届出書を翌年の3月15日までに所轄税務署に提出します。
提出期限までに届出書が提出されなかった場合、その期限から4か月を経過する日に納税猶予期限が確定し、猶予されていた所得税及び利子税を納付しなければならなくなります。

納税猶予期限の延長

納税猶予期限は、5年延長することが可能です。
つまり、国外転出の日から10年を経過する日まで猶予することが可能です。
延長を希望する場合、国外転出の日から5年を経過する日までに「延長届出書」を所轄税務署に提出しなければなりません。

これらの手続きを正確に行うことで、国外転出時に発生する所得税の納税を一時的に猶予することが可能となります。
しかし、納税猶予手続きは複雑で多くの書類が必要な上、担保の提供が求められるため、制度を利用するハードルは非常に高いと言えます。

国外相続時課税

国外転出時課税制度は、対象資産を保有する個人が国外に転出する場合だけでなく、相続の際にも適用されます。
具体的には、時価1億円以上の有価証券などを保有している日本国内の居住者が亡くなった場合に、その資産を海外に居住する親族などが相続するケースが該当します。

この場合、相続が発生した時点で対象資産は時価で売却されたと見なされ、故人の所得税として課税されます。
納税義務者は故人ですが、準確定申告というものを死亡日の翌日から4か月以内に相続人が手続きを行います。
また、納税資金が不足している場合には、国外転出時課税制度と同様、納税猶予の制度も利用可能です。
1億円の判定は、国外にいる相続人が取得する資産の価額ではなく、被相続人が亡くなった時点で所有していた対象資産の合計額で判断されますので注意が必要です。

まとめ

国外転出時課税制度は、高額な金融資産を保有する個人が国外に転出する際に適用される課税制度です。
租税回避を防止するために設けられたこの制度は、対象者が転出時に保有する金融資産に対して時価評価を行い、譲渡所得税を課します。
また、一定の条件を満たす場合には納税猶予制度も利用可能ですが、そのハードルはとても高いです。
国外転出を計画している場合は、事前に税務専門家に相談し、適切な手続きを行うことが重要です。